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大分地方裁判所 昭和62年(ワ)53号 判決

原告 志賀安司

同 志賀彰

同 志賀豊彦

同 森田圭子

原告ら訴訟代理人弁護士 徳田靖之

同 三井嘉雄

被告 後藤俊江

右訴訟代理人弁護士 岩崎明弘

被告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 松多昭三

右訴訟代理人弁護士 田中登

右訴訟復代理人弁護士 加藤文郎

主文

一  被告らは、各自、原告志賀安司に対し金一四九万二一一六円及びこれに対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告志賀彰、同志賀豊彦、同森田圭子に対し、それぞれ金五四万七三七三円及びこれに対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告らと被告後藤俊江との間に生じたものはこれを五分し、その四を原告らの、その余を同被告の各負担とし、原告らと被告東京海上火災保険株式会社との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告らの負担、その余を同被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告後藤俊江(以下「被告後藤」という。)は、原告志賀安司(以下「原告安司」という。)に対し金一二六五万円、そのほかの原告ら(以下この三名を「原告彰ら」という。)に対し各金四二一万六六六六円、及び右各金員に対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告安司に対し、金五八二万五六九八円、原告彰らに対し各金一九四万一八九九円、及び右各金員に対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年四月八日午前七時四〇分頃

(二) 場所 大分市大字賀来七九一番地の五碧翠苑先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 被告後藤運転の普通乗用自動車(大分五五め四五八九-以下「加害車」という。)

(四) 被害車両 亡志賀淳(以下「亡淳」という。)運転の自転車

(五) 事故の態様 亡淳が、本件交差点西側の南北方向の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)付近を自転車に乗って南から北へ通過しようとしていたところ、加害車を運転して北方から同交差点に進入した被告後藤が、前方注視義務を怠って右横断歩道の方に右折したため、加害車を右自動車に衝突させ、亡淳を路上に転倒させた(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告後藤

被告後藤は、加害車を運転して本件交差点を右折するに際し、前方注視義務を怠った過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社

訴外後藤文也は、加害車を保有し、これを被告後藤に貸与して自己のため運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法三条により本件事故につき損害賠償の責任があるところ、同人は、昭和六〇年一一月二八日、被告会社との間で、加害車について、保険期間を同年一一月三〇日から同六二年一一月三〇日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

よって、被告会社は、同法一六条一項により、保険金額の限度において、本件事故による損害賠償額の支払いをすべき義務がある。

3  亡淳の受傷、死亡と本件事故との因果関係

(一) 亡淳は、本件事故により、顔面打撲挫創、両膝・左大腿・右上肢打撲傷、右第一趾骨骨折の傷害を受け、事故当日の昭和六一年四月八日から仙波外科医院及び大分市医師会立アルメイダ病院に入院中、同月一一日、くも膜下出血により死亡した。

右くも膜下出血の原因は、脳動脈瘤(以下単に動脈瘤という。)の破裂によるものである。

(二) くも膜下出血と本件事故との因果関係

(1)  まず、亡淳に動脈瘤が生じた原因は、亡淳に従来から存していた動脈硬化症によるものか、本件事故時の外傷によるものかのいずれかであるが、後者の可能性がより高いものと考えられる。

(2)  次に、亡淳の動脈瘤が破裂した原因であるが、本件事故による頭部への衝撃によって第一回の破裂を生じ、その後、本件事故による傷の疼痛や入院に伴う生活不安等のストレスが誘因となって、再破裂を来して死亡するに至ったものである。

(3)  したがって、亡淳のくも膜下出血(動脈瘤の破裂)は、動脈瘤の形成原因及びその破裂の原因のいずれの面からしても本件事故と因果関係があるというべきである。

4  損害とそのてん補

(一) 損害額

(1)  治療費   金一七万六一三〇円

(2)  付添看護費 金二万円(一日五〇〇〇円)

(3)  入院雑費  金四八〇〇円(一日一二〇〇円)

(4)  文書料   金一八〇〇円

(5)  休業損害  金一万四八〇〇円

亡淳は、主婦として、身体障害者の夫を看護する傍ら、清掃業を営む会社に勤務していたもので、本件事故のため入院中就労し得なかったことによる損害は一万四八〇〇円が相当である。

(6)  逸失利益  金一三二六万六七九一円

亡淳は、右のとおり、家事労働の傍ら、パートとして会社に勤務していたから、一般の家事従事者の所得を下回ることはなかったものというべきである。

そこで、昭和六一年賃金センサスによる女子労働者の年間平均賃金二三八万五五〇〇円を基礎とし、生活費控除三〇パーセント、就労可能年数六七歳までの一〇年間(死亡当時五七歳)、ホフマン方式による係数七・九四四九で逸失利益の現在額を算定すると一三二六万六七九一円となる。

(7)  慰謝料   金二〇〇〇万円

亡淳の慰謝料は、一家の支柱に準ずる者として金二〇〇〇万円が相当である。

(8)  葬儀費用  金九〇万円

(9)  弁護士費用 金二〇〇万円

原告らは、本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、報酬として認容額の一〇パーセントを支払う旨約した。

(二) 原告安司は亡淳の夫であり、原告彰らは亡淳の子であるから、右(一)の(1) ないし(7) の損害については原告安司が二分の一、原告彰らが各六分の一の割合でその賠償請求権を相続により承継した。

また、(8) 、(9) については、原告らが、右相続分に応じて負担することになっている。

(三) 損害のてん補

原告らは、自賠責保険金一一〇八万一五三〇円を受領したので、原告安司が金五五四万〇七六七円、原告彰らが各金一八四万六九二一円をそれぞれ各自の損害の弁済に充当した。

(四) したがって、右(三)を控除した損害の残額は、原告安司が金一二六五万円(一万円未満切捨)、原告彰らが各金四二一万六六六六円となる。

5  よって、被告後藤に対し、原告安司は金一二六五万円、原告彰らは各金四二一万六六六六円、及び右各金員に対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、被告会社に対しては、保険金額の範囲内において、原告安司は金五八二万五六九八円、原告彰らは各金一九四万一八九九円、及び右各金員に対する昭和六一年四月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告らの反論

1  請求原因1、2は認める。

2  同3の(一)は認める。

同3の(二)については、亡淳の死因となったくも膜下出血が本件事故と因果関係があるとの点は争う。

亡淳の動脈瘤は、動脈硬化が原因で本件事故以前から形成されていたもので、本件事故がなくてもその破裂が発生する可能性が高かったものである。

それゆえ、仮に本件事故が亡淳の動脈瘤破裂に何らかの影響を与えているとしても、亡淳の有していた素因の要素は大きなものというべきであり、損害の公平な分担という損害賠償の見地からみれば、本件において加害者側が負担すべき賠償額は、被告会社からすでに支払われた自賠責保険金一一〇八万一五三〇円をもって足りるというべきである。

3  同4の(一)は知らない。

同4の(二)は、原告らと亡淳との身分関係は認める。

同4の(三)は認める。

三  抗弁

亡淳は、本件事故現場交差点の西方から道路右側の歩道を自転車で進行してきて、右交差点で左折して本件横断歩道を通過しようとするに際し、右横断歩道の方へ右折してきていた加害車の進行を見落としたか、或いは加害車を発見しながら自分が先に通過できるものと判断を誤ったか、又は加害車が自分を先に通過させてくれるものと軽信して、安全な措置を講じなかったため、本件事故が発生したものであり、本件事故については亡淳にも二割ないし三割程度の過失があると考えられるから、右限度で過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

亡淳に過失があったとの点は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実(本件事故の発生及び被告らの責任原因)は当事者間に争いがない。

しかして、〈証拠〉によると、被告後藤は、加害車を運転して時速四〇キロメートルくらいの速度で本件交差点に進入し、右折しようとしたものであるが、その際右側の本件横断歩道上を歩行者が一人南から北へ通行し渡り終えようとしているのを認めたものの、他には横断者はないものと考えてそのまま右折進行したところ、前方から右横断歩道の方に自転車で進行してきていた亡淳を約七メートルの距離に近づいてから初めて発見し、急制動の措置をとったが及ばず、右横断歩道の西端付近で加害車の右前部を亡淳の自転車に衝突させたものであること、一方、亡淳は、本件交差点の西方から道路右側の歩道を進行してきて、右交差点の手前で左折して本件横断歩道に斜めに進入しようとしていたものであること、右亡淳が進行してきた道路は本件交差点へ向け下り坂になっていることが認められ、右事実によれば、亡淳もかなりの速度で進行してきて本件横断歩道の方に左折してきていたものと推認でき、本件交差点内を進行してきていた加害車の動向に必ずしも十分な注意を払っていなかったことがうかがわれるから、本件事故の発生については亡淳にも過失があり、その割合は少なくとも一割を下らないものと認めるのが相当である。

二  次に、請求原因3の(一)の事実(本件事故による亡淳の受傷、入院治療、及び亡淳が昭和六一年四月一一日くも膜下出血により死亡したこと、その出血の原因が動脈瘤の破裂によるものであること)も当事者間に争いがない。

そこで、亡淳の死因となったくも膜下出血ないし動脈瘤の破裂と本件事故との因果関係について検討する。

1  右のとおり、亡淳のくも膜下出血の原因は動脈瘤の破裂であることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉を総合すると、「動脈瘤は動脈壁が限局性に瘤状に拡張した疾患であるが、その病因としては先天性のもの、動脈硬化症によるもの、外傷に起因するもの、梅毒によるもの、細菌感染によるものなどがあるところ、亡淳については、動脈硬化症による可能性が一番高いが、先天性のものである可能性もあること、動脈瘤は、それが破裂すると重篤な症状を招来するが、破裂しない間は無症状の場合も多く、その破裂の原因、誘因としては、原因不明な場合もあるけれども、肉体的、精神的ストレスもその誘因となるとされていること、亡淳は、本件事故当日の昭和六一年四月八日に仙波外科医院に入院したが、顔面を打撲しており、かつ前頭部痛を訴えたため、同医院ではアルメイダ病院に依頼してCTスキャンの検査を受けさせたが、右検査の結果では頭部の骨折或いは脳内出血はみられなかったこと、亡淳は、翌九日には右第一趾骨骨折部の疼痛を訴えていたが、翌一〇日の午前八時頃、仙波医院内で動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため突然意識を失い、アルメイダ病院に転送され、救急措置がとられたものの、翌一一日午前九時半頃死亡したこと、亡淳は、本件事故前には頭痛を訴えるようなことはなかったこと」以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  右事実によって考えれば、亡淳には、本件事故前から動脈瘤が存在していたところ、本件事故で受傷し、入院したことによる肉体的、精神的なストレスが誘因となりそれが破裂してくも膜下出血を来し、その結果亡淳が死亡するに至ったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故と亡淳の死亡との間には因果関係があるというべきであるが、右のとおり、亡淳にはもともと動脈瘤という体質的素因があり、その素因が死亡という結果の発生の原因の一つとなっていることも否定できないから、このことを考慮すると、本件事故の亡淳の死亡についての寄与度は五割とみるのが相当であり、亡淳の死亡による損害については、右限度で賠償の責任があるとするのが相当である。

3  この点に関し、原告は、本件亡淳の動脈瘤は本件事故によって生じた外傷性のものである旨主張するけれども、証人佐藤智彦の証言によっても未だ亡淳の動脈瘤が外傷性のものであると認めるには不十分であり、他にこのことを認めるに足りる証拠はないので、原告の主張は採用できない。

三  そこで、次に、損害額につき検討する。

1  亡淳の損害

(一)  傷害による損害

(1)  治療費   金一七万六一三〇円

〈証拠〉により認める。

(2)  付添看護費 金一万二八〇〇円

入院日数四日間で、一日三二〇〇円が相当と認める。

(3)  入院雑費  金四〇〇〇円

一日一〇〇〇円が相当と認める。

(4)  文書料   金一八〇〇円

〈証拠〉によって認める。

(5)  休業損害  金一万四八〇〇円

〈証拠〉によると、亡淳は、本件事故当時五七歳の女子であり、身体障害者で無職の夫原告安司及び子の原告彰、同豊彦と同居し、主婦として家事労働に従事する傍ら、清掃業を営む会社に勤務して賃金収入を得ていたことが認められ、右事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡淳が本件事故による受傷のため入院中就労し得なかったことによる損害は金一万四八〇〇円と認めるのが相当である。

(6)  合計    金二〇万九五三〇円

(二)  死亡による損害

(1)  逸失利益  金一一三七万一五三五円

前示のとおり、亡淳が主婦として家事労働に従事する傍ら、会社に勤務して賃金収入を得ていたことに鑑み、その死亡による逸失利益の算定については、女子労働者の平均賃金を基礎にするのが相当と認められるから、昭和六一年賃金センサスによる女子労働者の年間平均給与二三八万五五〇〇円を基礎とし、生活費控除を四割、就労可能年数を六七歳までの一〇年間としてホフマン方式により中間利息を控除して(係数七・九四四九)現価額を算定すると、金一一三七万一五三五円(円位未満切捨)となる。

(2)  慰謝料   金一八〇〇万円

本件に顕れた事情を考慮し、亡淳の死亡による慰謝料は金一八〇〇万円が相当と認める。

(3)  葬儀費用  金八〇万円

弁論の全趣旨に照らし、金八〇万円が相当と認める。

(4)  合計    金三〇一七万一五三五円

(5)  右死亡による損害については、前示のとおり本件事故の寄与度に応じその五割の一五〇八万五七六七円(円位未満切捨)が賠償すべき額となる。

(三)  過失相殺

前示のとおり、本件事故については亡淳にも過失があるので、右(一)の(6) 及び(二)の(5) の合計額一五二九万五二九七円に一割の過失相殺をすると、残額は一三七六万五七六七円(円位未満切捨)となる。

(四)  相続

原告安司が亡淳の夫、原告彰らがその子であることは当事者間に争いがないので、相続により、原告安司は右亡淳の損害賠償請求権のうち二分の一の六八八万二八八三円、原告彰らは各六分の一の二二九万四二九四円を承継取得したことになる。(なお、葬儀費用については、弁論の全趣旨により、原告らが、その相続分に応じ負担したものと認められる。)

(五)  損害のてん補

原告らが、自賠責保険金一一〇八万一五三〇円を受領し、原告安司が金五五四万〇七六七円、原告彰らが各金一八四万六九二一円をそれぞれ損害の弁済に充当したことはその自認するところであるから、これを差し引くと、損害の残額は、原告安司について金一三四万二一一六円、原告彰らについて各金四四万七三七三円となる。

(六)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告らは、本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬の支払いを約しているものと認められるが、本件事案の内容、審理経過、認容額等に鑑み、被告らに支払わせるべき弁護士費用の額は、原告安司につき一五万円、原告彰らにつき各一〇万円をもって相当と認める。

(七)  そうすると、原告らが賠償を受けるべき損害額は原告安司につき一四九万二一一六円、原告彰らにつき各五四万七三七三円となる。

四  よって、原告らの本訴請求は、被告らに対し、右各金額及びこれに対する本件事故の日の昭和六一年四月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(被告会社に関しては、右金額が自賠責保険金の残額の範囲内であることは前示のところから明らかである。)、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫)

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